商品には必ず成長期というものがある。経営者やブランドオウナーの意向によって、その成長期を速く達成したい先行投資型か、それとも導入期からきちんと施策を講じて適した速さでの成長期に持ち上げるかは異なるが、総じて成長期が訪れるのである。総合広告代理店に17年勤めた著者は、幸いにも数多くの事業や商品やサービスの「成長期」をプロモーション領域で支える経験ができた。その中で正しく成長に貢献できたものと、大変申し訳ないことに成長に貢献できなかったと自認するものもあるが、結果的にどういったプロモーション施策が成長期にふさわしいのかの「方程式」を作ることに至った。本稿では、成長期に行うべき「正しい広告施策」における5つのポイントについて、説明していく。
目次:成長期に行う「正しい広告施策」5つの基本的なポイント
1つ目「市場自体の成長か、自社だけの成長か」
広告代理店勤務者は市場への意識がすこぶる弱い。ターゲット調査やユーザー調査を行うため、「生活者/消費者意識」についてはある程度の理論を持ち合わせているが、「市場への視点はクライアントが持つもの」と定義しているかのようにすら感じる。営業やクリエイターはもちろんのこと、戦略プランナー、ストラテジックプランナーも市場への意識は極めて低いと感じていた。広告を含むプロモーション戦略の立案において、広告対象物だけが伸びているのか、市場全体が伸びているのかで施策は全く異なる。それは市場の成長率と自社の成長率の差を見れば明らかである。市場が伸びていて自社も伸びている場合は、新たな新規顧客がエントリーしてくるために、新たに入ってくるエントリー層に向けて、自社の「優位性」を説くことが重要になる。市場のランクによってその「優位性訴求」の方向性は異なるが、「優位性」をそれぞれの立場で説くことに変わりはない。逆に、市場が伸びていないにもかかわらず自社が伸びている場合は、次項での視点が必要になる。
2つ目「市場内からのシェア奪取か、市場外からか」
市場が伸びていないにも関わらず自社が伸びている場合、市場内からシェアを奪えているのか、市場外、つまりは他の市場からシェアを奪えているかを把握しておく必要がある。自社の「どの特徴」が自社を伸ばすポイントになっているのか、理解しなくてはならない。例えば、「価格の安さが特徴的」「販路が特徴的」であれば市場内から奪えている可能性が高い。しかし、「機能が特徴的」である場合は、他の市場から顧客を獲得できている可能性があるのだ。ネスレ社のミロを例に挙げよう。元来子供向けの栄養機能食品であったが、「鉄分が多く含まれる」という特徴から、2020年に若い女性の、特に美容意識が高い方に評価され、ネット上で話題になり、商品の欠品が相次ぐということになった。「子供向け栄養機能食品」から、「女性向けの美容維持目的鉄分補給食品」とシフトしたケースである。この場合、その特徴的な機能を、誰に対して、どういうメディアで、どのような言い方とするかを検討しなくてはならないのだ。この、実は現状の市場外からユーザーを獲得しているケースの視点も忘れてはならないポイントである。
3つ目「競合参入障壁は高いか、独自性はあるか」
特に、市場も伸びていて自社も伸びている場合は、プロモーションの検討をする際にも、どういった新規参入の可能性があるのかも把握しておかなければならない。通信キャリアや生命保険のように、免許産業であり参入障壁が極めて高いビジネスではない場合、市場が伸びさえすればすぐに新規参入されてしまう可能性もある。プロモーション施策の検討は数か月を要する。その間に、新規競合が市場に参入してきてしまう可能性もあるのだ。その際、優位性を訴求しようと考えていたところに、「その優位性をしのぐ競合商品」が出てしまい、同時にプロモーションを仕掛けられては全く意味をなさなくなる。参入障壁は高いのか、そしてその優位性に「独自性」があるのか、をしっかりと吟味する必要がある。
4つ目「どの販路で伸びているのか」
これまでは「訴求の中心」を決めるためのポイントであったが、今度は「中心支援販路」を決めるポイントになる。商品によって、複数の販路を持っていることも多いが、基本的には「伸びている販路に支援する」ことを忘れてはならない。もともと強かった販路はユーザーの購入導線が設計されている可能性が高く、逆に伸びている販路は支援さえすればさらに伸ばすことができる可能性を秘めているのだ。そして、販路によって、支援するプロモーション施策は全く異なる。基本的に、プロモーションはすべて最終購入接点からの逆算で設計するためだ。販路がコンビニであれば店頭POPなどは設置しづらく、マス広告との相性は良い。スーパーマーケットであればある程度店頭POPもつけられるし、マス広告との相性もそこそこだ。そして自社ECであれば、まずは検索領域への投資が必要で、それが十分に整備された状態で初めて認知施策を設計する。Amazon内や楽天内であれば、各プラットフォーマーでの広告施策検討が行われるべきであろう。「どの販路が伸びているか」によってメディアにおけるアロケーションが決定するのである。こうして「中心支援販路とプロモーション施策」が規定される。
5つ目「伸びている販路における競合はどこか」
「訴求の中心」「中心支援販路とプロモーション施策」が決まったら、次は支援販路において「確実に倒さなければならない競合」を設定する。「訴求の中心」は規定してあっても、今の消費者は「損をしたくない」がために買い替えまたは比較をしないとメッセージに強さを持たない。比較広告は日本では違法ではないものの、誇張しすぎていたり、客観性を欠いている表現は、景表法によって裁かれることになる。決して強調しすぎることはないが、きちんと競合を意識したメッセージ開発を行う必要があるのだ。これはリアルチャネルであっても、リスティングやSEOなどであっても同じ考え方である。こうして「訴求メッセージ」が規定されていくのだ。
上記の5つの基本的なポイントを経た「訴求の中心」「中心支援販路とプロモーション施策」「訴求メッセージ」が、成長期における「正しい広告施策」には必須であると著者は考えている。こうして考えると、世の中には正しくない、「広告代理店が得をして、広告主が損をする」広告施策が溢れているとお気づきになるだろう。18年勤めた総合広告代理店時代に、何とか「正しい広告の方程式」を作り出そうと苦心した結果、このようなプロセスをたどって広告施策を実施することが最も成長期においては奏功したという共通項を見出すに至った。「訴求の中心」から一度「販路」に視点を移し、また「メッセージ」に戻るあたり、少しややこしいかもしれないが、視点をマクロからミクロに切り替えていくうえで正しい順番だと著者は考えている。世の中の企業の多くが、成長期に「正しい広告施策」が実施されることを著者は望んでいる。
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