著者が総合広告代理店に入社した2004年、広告は「代理店に頼む」時代であった。いや、正確には「頼まざるを得ない」時代であったのだろう。マスマーケティングの時代に、マスメディアに対して広告主は直接口座を開設することができないがために、広告代理店に広告出稿を依頼せざるを得ず、合わせて広告制作やイベントもお願いしてきていた時代であった。その後、デジタル広告が急速に発展していくこととなるが、その時もまだマスメディア同様にYahoo!などの大手ネット媒体社への直接口座を、広告主は開設することができず、総合広告代理店なのかサイバーエージェントなどのネット系代理店なのかは別にして広告出稿を代理店に依頼せざるを得なかった。しかし、Googleをはじめとして「基本的には自社で運用ができる広告」が主流になりつつある今、広告は「頼む」時代ではなくなりつつある。著者は、「広告は自ら運用/制作し、外部機関には相談するだけ」の時代がすぐに訪れると考えている。本稿ではこの点について説明していく。
本稿はこのような方におススメです
✔ 広告代理店に何を依頼すべきかわからない
✔ 広告代理店はすぐに媒体の提案をしてくる
✔ 広告代理店はすぐにプロモーションの提案をしてくる
✔ 作業が終わった後で広告代理店から高額なフィーを要求された
✔ 広告代理店に相談「だけ」したい
目次:広告代理店は、「頼む」時代から、「相談するだけ」の時代に
マスメディアは「広告代理店を通すこと」が当たり前
著者が総合広告代理店に入社した2004年当時、マス広告を実施したいと考える広告主は何の疑問も抱かずに、総合広告代理店に広告出稿と付帯する広告制作を依頼していた。著者も特段気にも留めていなかったが、古くからの商慣習がそうさせていた。これらについて、よく総合広告代理店「だけ」が仕込んだ既得権益のように思われるが、実際はそうではない。TV局をはじめとしたマスメディアは、社会に与える影響の大きさからは想像できないほど、社員数が少ない。制作領域は制作会社に委託を行うことで社員の稼働を抑えているが、広告主や広告代理店に出入りする営業の数も限られているのだ。ビジネスである以上、効率的な営業方法を考える必要があるが、それが、メディア各社にとっての「広告代理店」であった。自らが広告主一つ一つに営業していては、時間が足りない。広告代理店という大口顧客の、しかも限られた人員とだけ会話する方が効率的である。広告代理店の営業が各広告主に対して営業活動を行い、業推と呼ばれる広告代理店社内のTV部門取りまとめスタッフが情報を集約し、各TV局担当に情報を伝えていく。TV局は直接広告主と会話することもなく、受注することとなるのだ。この「代理営業」機能は、マスメディアにとって重要な存在であった。
Yahoo!のブランドパネル等はまだTVの代替品であった
2005年を過ぎたあたりから、「TV離れ」が叫ばれるようになり、新たに登場した「Yahoo!」などのWebメディアに広告代理店と広告主は飛びつくことになる。その頃のYahoo!はまだ新聞の代替であり、TVのニュース番組の代替という印象はあったが、圧倒的なリーチ力を誇り、インプレッションという、「部数」や「視聴率」とは違う指標で取引され、一時はYahoo!のブランドパネルは高騰し、なかなか「広告枠」を抑えることができないほどの人気であった。その頃から徐々にGoogleの検索連動型広告が存在感を強めだすのだが、まだYahoo!全盛期は「マス的Webメディア」と捉えられ、広告出稿についても総合広告代理店やネット系代理店に集約されていた。媒体社に直接発注する時代ではなかったのである。
Google検索連動型広告が企業にとっての「当たり前」に
2010年を超えたあたりからGoogle検索連動型広告が浸透し、伴ってネット系代理店もどんどんとその数を増やしていく。著者も初めてリスティング広告に触れたのは2012年であったが、その時と今とではリスティングの立ち位置が全く違うと感じている。クレジットカードなど、ネットで比較検討をしやすい金融事業社は早くからリスティングを行っていたが、今は中小企業であっても、士業であっても、どの会社も当たり前のようにリスティングを行っている。業種業態もさまざまで、Googleで検索するカテゴリーでリスティングが出ないカテゴリー市場を見つけ出すことの方が難しい。それだけリスティングが一般化しているのだ。
リスティングの一般化で「自社運用」も当然のモノに
リスティングへの出稿は法人クレジットカードさえあれば広告主でも運用できる。特に高額な広告費を割くことができない中小企業、今でいうとスタートアップなども、一番初めに仕掛ける広告はリスティングとなっているのではないだろうか。それが何を生み出したのか。「広告は頼むものではなく自ら行うもの」という認識が広がることになるのである。当然、情報収集に長けている大手広告主も、こういった動きを見逃さず、リスティングについて自前で対応する企業が増えていく。さらに、公式SNS運用やブランドサイトなどの「オウンドメディア運用」も広告代理店を介在させずに自前で対応する企業も増えていった。Paid Media、Owned Media、Earned MediaのPOEトリプルメディアのうち、「Paid」以外は運用できるどころか、「Paid」もマス広告と一部メディア以外は、広告代理店にとっての「Paid」ではなくなってしまうのだ。
数少ないPaid Mediaはコスト圧縮のためのコンペが乱発
「アウトソース化とインハウス化に翻弄される広告代理店」でも説明したように、広告代理店に委託する業務は、基本的には「コスト圧縮」が目的となり、TVに限らずデジタルにおいても広告代理店のこれまでのビジネスと給料を支えられるだけの利益創出は難しくなっている。これまでは国内の「優良企業」と言われる大手広告主は、広告代理店マージンにメスを入れてこなかったが、ここ数年でその神話も消え去り、大手広告主でマージン交渉をしない方が少数派になっている。その数社に総合広告代理店が群がるという構造が出来上がっているのだ。
さらに「自前主義」を加速させることとなった「DX」
毎日のように新聞などのメディアを飾る「DX」というトレンドも、広告主の「自前主義」を加速させている要因だ。プロモーションで言うところの、オウンドメディアの重要性はすなわち「SEO」の重要性も指すことになる。これまでは、限られたSEO業者がそのノウハウをもって事業会社からコンサル費用をもらっていたが、SEOが主流になったことで、逆に自社の顧客獲得のためにGoogle上に「SEO知見」を公開することとなり、結果的に事業会社がSEO業者にコンサルを発注するまでもなく自前でSEOをある程度体得してしまうのだ。著者はまだSEO業者にはマーケティング視点が足りないために「本当に成長するSEO」が詳らかにはなっていないと感じているが、それでも、さらに事業会社である広告主が「自前主義」を突き進むことにはなっているのである。
「頼まれること」がなくなった広告代理店
こうして、たった20年ほどの間に、広告代理店は「頼まれること」が極めて少なくなってしまった。あるのはコストリダクションを目的とした一部の「Paid」領域であったが、TV局も自らCM枠を販売するSASと呼ばれるビジネスを開始し始めており、これが主流になればついに広告代理店に頼むことがなくなってしまうのである。「頼まないといけないもの」だった広告代理店は「頼みたくないもの」にまで存在を変えてしまっているのだ。この急速な社会の変化の先にはどういったことが広告業界に起こるのだろうか。
「自前でやるが、相談だけはしたい」
何もかもが広告主の自前となるとどうなるのか。それは自社市場が安定していて変化しない場合は例外であるが、基本的には広告施策が停滞しはじめた時に、「相談する相手すらいない」状態となってしまうのである。誰にも相談できず、闇雲に取り組んで、結果が出るほど簡単なものではない。たとえGoogleのコアアップデート情報を入手しようが、そもそものマーケティング戦略やプロモーション施策の相関を理解していなければ何も打開策がない状態に陥ってしまうのだ。著者は18年勤めた総合広告代理店を辞め、「広告相談専門」の「広告トータルプランニング会社」である当社を設立したのも、そういった「悩み」に応えたいと考えたからだ。しかし、残念なことに、まだ当社以外に、日本では広告トータルプランニング会社は存在していない。
広告代理店は「頼む」ものから「相談するだけ」の存在になる日も近いだろうと著者は考えている。しかし、「相談」は極めてフラットでなければ本来は成立しない。多くの社員やしがらみを抱えた総合広告代理店は「相談するだけ」の存在にはなりえないはずだ。各社、DXのトレンドに乗るよう、アクセンチュア等と同じような道を歩もうとしているが、提供する機能が全く違うため、なかなか難しい道のりであろう。「相談するだけ」の更に先の未来には、広告代理店はどういう存在になっているのだろうか。
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